『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』

ポール・キング 監督『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』を見た。1971年メル・スチュワート監督『夢のチョコレートの工場』に着想を得て作られた、ロアルド・ダールの児童小説『チョコレート工場の秘密』の前日譚である。ポール・キング監督作であること以外にはこれといった思い入れはなかったのだが、独特の画作りや社会問題を寓話的に描いた脚本が素晴らしくポール・キング監督の作家性の確立を感じる一作で、見てよかったと思う。

 

チョコレート職人のウィリー・ウォンカ( ティモシー・シャラメ)は、自分の店を持つことを夢見て、チョコレートの名店が集まる町にやってくる。
世間知らずで文字が読めないウォンカは、宿屋兼洗濯屋を営むミセス・スクラビット(オリヴィア・コールマン)に騙され彼女の店で強制的に働かされてしまう。そこで同じく働かされている孤児の少女ヌードル(ケイラ・レーン)と親しくなったウォンカは、彼女の助けを得てこっそり町でチョコレートを売り始める。ウォンカの腕は一流で、彼のチョコレートは瞬く間に町で評判になるのだが、彼を疎ましく思うチョコレート組合に行く手を阻まれる……。


ジャン=ピエール・ジュネ作品のような少し黄みがかった色彩設計と箱庭感のある美術が相俟って、童話のような雰囲気を演出している。旅行鞄の中の小さなチョコレート工場や、ギミックたっぷりのステッキなど、キング監督作らしい手の込んだ小道具に胸が踊る。
本作はイギリスの街並みや建築物が多く登場するが、物語の舞台はヨーロッパの雰囲気漂う架空の町らしい。美術はクリストファー・ノーラン作品で知られるネイサン・クロウリーが担当している。”グルメ・ガレリア“と呼ばれるチョコレートショップが立ち並ぶアーケードは、ミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアを彷彿とさせる。大聖堂は、ロンドンのセント・ポール大聖堂プラハの聖ニコラス教会を組み合わせたようなデザインだ。ウォンカがチョコレートをゲリラ販売するシーンで登場した木造の路面電車も、ヨーロッパらしさを醸し出していて、リスボンのトラム28のようなゴールデンイエローとホワイトのバイカラーがキュートだった。とはいえ、絢爛で壮大なセットも、パディントンのポップで可愛く緻密に作り込まれた美術と比べてしまうと、どうしても物足りなさを感じてしまった。好みの問題ではあると思う。

またCG表現もいまひとつに感じた。ウォンカとともに洗濯屋で強制労働に従事する会計士のアバカス(ジム・カーター)が裏帳簿について回想するシーンのアニメーションや、ウォンカがチョコレートをゲリラ販売するシーンに挿まれるコマ撮りの演出は楽しく見られた。しかし、『パディントン2』の序盤でパディントンが絵本の中のロンドンをルーシーおばさんが観光して回る空想や、愉快な音楽に乗せたマーマレード作りのシークエンスに匹敵するような映像表現はなく、CGが粗い部分が目立って没入感に欠けている。食べなければウォンカのチョコレートで魔法にかかることはできないようだ。

 

子ども向けミュージカル映画として、ウェルメイドな作品ではあったが、物足りなさ感じる部分があったことは否めない。また、サリー・ホーキンスヒュー・グラントに限らず、『パディントン2』の囚人Tボーン役のトム・デイヴィスや、看守役コブナ・ホールドブルック=スミスがそれぞれ主要な役どころで出演していてキャスティングも楽しめたが、主演のティモシー・シャラメに関してはSNLのスキットの一件があり複雑な心境だった。